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大地讃頌

|月日坊|

鳥のさえずりが心地よい快晴の天気の中、これから始まるスタジオ新築工事の
地鎮祭がおこなわれました。

建て主さんたっての希望で、山伏式での地鎮祭としています。
月山や朝日連峰を見晴らす敷地で、山々に祈りを捧げるような式となりました。

敷地には元々何本かの梅の木が植えられていましたが、計画に合わせて一本を残して
切ることになり、この風景も見納めとなります。

今から20年ほど前に造成された土地ですが、それ以前はサクランボの畑だったようです。

地鎮祭のあいだ、とても気持ちのよい風が吹き続け、電線に止まった鳥の声が
響きわたり、周りの自然が喜んでいるような気がしました。

山伏さんによると、深いお辞儀(腰から90度近く曲げる)は天と地をつなぐ
大事な所作だということで、しっかりと拝礼をして、工事の安全を祈願しました。

 

 

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オープンハウスの御礼(千日の町家)

|千日の町家|

庄内地方での初めてのオープンハウス、ご来場いただいた皆様ありがとうございました。
車で片道2時間かかる山形市からも多くの皆様、またそれ以上に遠い場所からも
見に来ていただき、実際の建物を目にしながらお話しできて良き機会となりました。

引き渡しも無事終わったものの、残工事が多少あるため、建て主さんが本格的に
引っ越すまであと少し、、
各所に設けた坪庭には植栽がこれから入るそうで、緑が視線の先に入ってくるように
なると、またグッと内部の印象も変わると思います。

 

 

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棟上げ餅

|李山の家|

酒田の完了検査を終え、一路米沢の現場へ。
県内縦断ではこれまでで最長移動だったかもしれません。

米沢の現場は無事に上棟式。
建て主さんのご家族や施工の網代建設の皆さんに集まっていただいて、賑々しく
上棟を祝いました。

開口部の樹脂サッシや木製サッシも納まり、さっそく断熱材の施工も始まっています。
引き続き工事の安全に気をつけながら作業を進めていってもらいたいです。

 

 

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竣工に向けて

|千日の町家|

酒田の現場は、仕上げ工事も追い込みです。
2階の個室からは、隣家の瓦屋根が目前に。

床はあづみの松フローリング、壁は漆喰調のクロス、天井はシナベニヤ貼りです。

2階のトイレの窓からは、図らずも鳥海山が望めます。

こうしてみると周りはすべて瓦屋根ですね。

1階浴室は、ハーフユニットバスで、壁天井の仕上げは桧板貼りとしています。
ヒノキの木目もとても綺麗な材料を入れていただきました。

隣家との間には板塀が立つので、囲われた坪庭に開かれた浴室になります。

1階の半屋外駐車スペース。
くり抜かれた壁の開口の先にはお隣さんの庭が借景となって切り取られます。

外壁はジョリパットの吹き付け仕上げですが、周辺はサイディング貼りの家々が多い
なかで、素形ながらも存在感を放つ建物になっています。

オープンハウス(内覧会)は、来週末(28日、29日)に予定しております。
<お知らせ>オープンハウスを開催します(千日の町家) | 井上貴詞建築設計事務所 (takashiinoue.com)

庄内では初めての完成物件です。予約制ですが、まだ空きはありますので、
興味ある方はどなたでも気軽にお申し込みください。

 

 

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建てる

|李山の家|

米沢の現場は、いよいよ木造の建て方です。
クレーン車で材料を吊り上げては職人さんの元に下ろしていきます。

割と平屋建てに近いボリュームというのもありますが、それにしても手際よく
どんどん躯体が組み上がっていきます。

木造の柱や梁が縦横に組まれていく様子はいつ見ても興奮します。

ここに屋根の下地板が張られていくと、建物に落ち着きが生まれます。
ある程度外部がふさがると、上棟式を迎えることとなります。

 

 

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なでら

|李山の家|

米沢・李山の現場。立上り基礎コンクリートが出来上がって、これから木造の
建て方を待つばかり。

2階が小さく、平屋に近いため延床面積の割には大きな建物に見えます。

敷地周辺。緑も少しずつ濃くなってきています。
背景の斜平山に抱かれたような住まいです。

 

 

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座頭町

|座頭町通りの家|

現在実施設計中の米沢市内の新築住宅について、敷地の地盤データを知るために、
地盤調査に入っていただきました。

すぐ後ろにはご実家の建物があり、既存の舗装面を事前に掘削しての調査でした。
どうしても既存車庫と被って調査できなかったところは、解体後の再調査になります。

敷地前の通りは、かつて米沢城下の北部に当たり、座頭町と呼ばれていたようですが、
その名残を感じるものはもはやこの「座頭稲荷神社」くらいしかないようですね、、

米沢が生んだ建築家で東大名誉教授の「伊東忠太」はこの座頭町生まれだったとか。
米沢の歴史ももっと調べてみたくなりました。

 

 

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