2025.01.11
worksを更新しました(Hutte Jaren)
昨冬に竣工した「Hutte Jaren」の竣工写真を更新しました。
故・白洲次郎が戦後、東北電力の会長をつとめた頃に蔵王に建てた別荘建築です。
その後この建物は現在のオーナーご家族が引き継ぎ、長年にわたり大事に使われてきました。
敷地は、蔵王温泉の上ノ台スキー場から歩いてすぐの木立の中にあります。
建設当初は周囲も開発されておらず、もう少し北側の林の中に建っていたようです。
その後現在地に移設され、蔵王の開発も進んで周囲はすっかり大型のホテルやロッジが
林立して、風景もだいぶ変わってしまったようですが、この山荘の敷地内は樹木もいくつか
残り、ここだけひっそり静かにたたずんでいます。
白洲次郎ファンは全国にいるようで、一目見るため足を運ぶ人も多いといいます。
現オーナーの許可を受けて、地元の観光協会が立てた案内板が入口付近にあります。
蔵王側から見た瀧山のようす。
岩石の鉄分が酸化しているのか、赤っぽい山肌が露わになっています。
基本的には内部は非公開となっていますが、道路に面しているので外観はいつでも
見られます。以前はこうした道路も擁壁もなく、なだらかな山の斜面が続いていたと
思われます。
積雪が深いため、メインの玄関は外階段を上がって2階になります。
広めの土間にはスノコも敷かれ、スキーをして雪が付いたままでも使い勝手の良い
造りになっています。板貼りの壁面にはコートなどを掛けるフックが並びます。
土間玄関から扉を開けてリビングに入ると、ミニキッチンやダイニングが一体となった
程よいワンルームが広がります。窓の外には雑木林の緑が広がります。
マツの無垢材の床板は当時のまま。
中央のカウンターテーブルの脇にあるミニキッチンは、人造石研ぎ出し仕上げ。
傷んでいたシンクは防水をやり直して、キッチン水栓も新しくしました。
昔の高さなので少し低めですが、収納もきちんと用意されていて実用的です。
キッチンからリビングを見返したところ。正面に外の緑も見えます。
カウンターテーブルは表面をきれいにし、再塗装しています。
天井のデザインもそのまま。細いフレームの格天井で、モダンにも見えます。
窓際の造付ソファは、木製の台座以外は失われていたのを座面のみ復活させました。
当時は背もたれもあったようです。奥行きがあるので、簡易ベッドのように横にもなれます。
当時からの飾り棚ですが、背板に外壁と同じフレキシブルボードが使われていて、
普通の山荘とはだいぶ表情が違います。
カウンターテーブルに合わせた松本民芸家具のハイスツール。
白洲さんが蔵王滞在中の古い写真にも写っています。
座面はラッシ編みと呼ばれる「太井草」が編み込まれています。
内部の壁は、2階は主に不揃いな巾のマツが張られています。
だいぶ色がラワンにも近い濃さになっています。
外観は、1階が雪から建物を守るためにコンクリートの高基礎に玉石が張られたような
形となっていて、高窓が連窓になっています。
2階の窓も雨戸とガラス窓が連窓になっていて、水平方向に統一されています。
また柱が外部に現しになっていて、水平と垂直のラインの構成がはっきり示される形に。
外壁はフレキシブルボード張りで、現在から見ても先駆的な建築です。
日が沈んでくると、また内部の表情が変わります。
少ない灯りの中で、時間がゆっくりと過ぎていくようです。
木製の箱でつくられた昔の分電盤。
階段上部にひそかに残っています。
元々暖炉か薪ストーブが置かれていた1階の廊下に、新たにペレットストーブを
設置しました。横に置いてある踏み台は、白洲さんが日曜大工でつくったと
思われるもの。
1階は元々3つのベッドルームが並んでいて、それぞれ2段ベッドや
はしご代わりのキャビネットが造作されていたようです。
長年の間に一部スケルトン化していましたが、なるべく元の造りに
戻すように仕上げ材料も考えました。
2階の壁は針葉樹であるマツが多く張られている印象でしたが、湿気の多い
1階はブナやナラとおぼしき広葉樹の板がビッシリ張られていました。
新たに張る材料も、その流れで同等の材料を張っていきました。
元々個別に洗面所やトイレがなく、シンクや便器が浴室にひとまとまりになっていたため、
ベッドルームの一つをレストルームとして改修して、洗面とトイレは浴室から分けました。
1階は半分以上が高基礎の中に覆われた状態になっているので、半地下のような雰囲気で、
高窓からの光が印象的です。あくまで寝るためだけのベッドルームだったので、
この造りで問題なかったと思われます。
内部の建具や家具の面材は当時のラワンベニヤが張られています。
新たに復活した扉もラワンベニヤでつくっています。
冬期や留守にしているときは、ガラス窓には雨戸が閉まっているため、あまり夕景の
明かりが灯った様子を見られる機会は貴重ですが、窓の高さが揃っている端正さがわかります。
夕方になると、ガラス面に内部の風景が反射して、外と中の境界が曖昧になっていく
不思議な感覚になります。何か、ガラスの向こうは過去か、それとも異世界につながって
いるような朧気な感じです。
古い建物の改修は、実測調査から設計を経るなかで、ずっとその建物の歴史や経緯を
考えることが多いので、建設当時の建て主や設計者の考えに思いを巡らしてしまいます。
そうしていると、50年前、100年前が昔話でなく、つい最近といった感覚となり、
白洲さんがついさっきまでそこに居たのではないかとこの写真を見ても思ってしまいます。
辺りが真っ暗になると、ガラス窓は鏡のような反射を見せます。
その先まで部屋があるような、コンパクトなワンルームがとても広々と見えてきます。
「Plain living, high thinking」
好きな言葉ですが、白洲旧邸の武相荘しかり、このヒュッテヤレンも、飾り立てることなく
とてもシンプルでモダンな思想でつくられていて、まさにこの言葉のような建築だといえます。
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