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worksを更新しました(十一屋本店)

一昨年の秋に竣工し、昨年春に周辺の御殿堰整備も完了した「十一屋本店」の竣工
写真をアップしました。山形市七日町に本店を構える創業220年の老舗菓子店の改築です。

中心街である七日町には400年の歴史をもつ農業用水路「山形五堰」の一つ「御殿堰」
が流れていて、近年まで暗渠となっていましたが2010年に水の町屋 七日町御殿堰の
誕生とともに風情ある石積み水路が復活し、まちなかに貴重な水景がみられます。

山形市の下地となる扇状地の地形を活かして毛細血管のように流れる山形五堰ですが、
七日町を流れる御殿堰は、山形城のお堀に流れ込んでいたことからその名が付いています。
市内各所の田畑を潤し、最終的には西に広がる田園地帯まで流れていきます。

七日町通りは旧羽州街道にもあたり、江戸時代は山形城の三の丸東大手口として、
明治以降は官庁街にも近く山形市の繁華街となってきました。

十一屋が七日町の現在地に店を構えたのが1910(明治43)年、その後何度かの建て替えを
経て、今回御殿堰整備に協力する形で敷地の一部を市に提供し、新たな店へと改築を
おこないました。

その歴史は長いがゆえに、山形市民であれば子どもの頃から一度は、そのお菓子を
目にしたり口にしたりしたことがあるくらい、土地に馴染んだお菓子屋さんです。

そのどこか温かみや親しみも感じる店の雰囲気は大事にしながら、現代の感覚も
取り入れつつ新しいお店を生みだしていくことを考えました。

正面に文翔館が見える七日町通りを挟んで、対峙するような十一屋と水の町屋の建物。
和と洋でテイストこそ違いますが、通りに対してあまり大きくならず、軒を伸ばすように
するなど共通点もいくつか見られるかと思います。

南側に建つ結婚式場「オワザブルー山形」との間に御殿堰が流れていますが、数年前
まではアスファルトで覆われた暗渠となっていて、ビルの狭間の通路でした。

山形市による堰と歩道の整備工事によって、御殿堰の両側を歩いたり佇んだりできる
ようになりました。十一屋は元々堰ギリギリまで敷地があり建物が建っていましたが、
3メートルほどセットバックする形となり、これまで東面だけしかなかった建物正面に
南面にも新たな顔を向けることができるようになりました。

北側には七日町ワシントンホテルのレンガ色の壁が、大きな背景としてそびえ立ちます。
十一屋の旧店舗にもレンガ調の色味があったことから、改築後も建物周囲の舗装を
レンガタイルにし、木部も赤みのある塗装色にするなど、全体の調和を図っています。

オワゾブルー側から御殿堰沿いに見た建物外観です。オワゾブルーの敷地の緑が借景
となったり、堰沿いの植栽帯が木製窓に映えます。向かって右側の七日町通りに面して
和洋菓子店舗、向かって左側にレストラン「kitone」が入ります。

敷地西側から見ると大屋根がかかる平屋のようにも見えます。御殿堰沿いの歩道が
七日町通りの向こうの水の町屋の先までつづいていく様子がわかります。

奥の水の町屋側にはシラカシやヤナギなどがこんもり育っていますが、十一屋と
オワゾブルー側はまだまだ若く軽やかな緑がつづきます。

七日町は役所や銀行、オフィスも多いので、レストランのランチ利用やちょっとした
お菓子を買いに寄るお客さんも少なくないようです。

威圧感なく、ふらっと入れる雰囲気にしています。

入ってすぐの菓子販売スペース。吹抜で明るくゆったりとした空間にしています。
床は明るめの無垢フローリング。東面と南面に木製の開口部を設けています。

長尺の立派なショーケースは旧店舗から引き継いだもの。
背後に並べた木レンガも、旧店舗2階のレストランで使われていたものを採集して
再利用したものです。

店内からは、通りの向こうの水の町屋やルルタスを行き交う人の姿も見えます。
入口は木製框戸の自動ドアです。

菓子店舗の奥にはレストラン。オープンキッチンで調理する姿も見えます。
旧店舗は2階にあったレストランを、アクセスのしやすさや御殿堰の眺めを考え
1階に移してきました。

レストランの椅子は、すべてビンテージの天童木工のアームチェア(坂倉準三デザイン)
で、これは旧店舗が建てられた50年前から使ってきたものをレザーの張り地を直して
キレイにしてもらったもの。良い家具の寿命は実に長いといえます。

レストランにはグランドピアノも置いています。ここでは、十一屋の松倉社長夫人の
とし子さんが旧店舗時代から続けている歌声茶論や、各種コンサートの会場にもなります。

2階は菓子店舗とレストランの両方を見下ろせる特別な空間を設けています。
レストランの個室利用やコンサートの控え室、スタッフの休憩などに使われます。

2階席からオワゾブルーの庭園の緑が借景として写ります。
十の字を模した印象的な窓が外観も特徴付けます。

2階から見下ろす御殿堰の親水空間。
水路の高低差を解消させるための石段は、まちなかの大型イベント時に腰掛ける場と
して重宝されているようです。

2階席からレストランを見下ろした様子。レストランの天井は杉の小幅板風羽目板です。
おおらかな木製天井がコンサート時も柔らかく音を響かせます。

 

レストランから見返した2階席の開口部。障子窓で優しい光がこぼれます。
菓子店舗とは木製板戸で仕切ります。

レストラン西側には木製の両開き窓を設けています。
敷地西側は駐車スペースですが、レンガ色っぽい脱色アスファルト舗装にしているので
内部から見た色味も悪くないです。

中心街の歩行者天国や花笠祭りなどの大きなイベントの時には石段にずらりと腰を
掛ける人が並びます。水辺の憩いの空間に変わります。


朝と昼、夕で日射もだいぶ変わります。
午後になると外壁の風合いも違って見えます。

七日町通り周辺は防火地域に指定されているので、一定規模以上の建物は
耐火建築物にしなければなりません。十一屋は水の町屋同様、木造軸組
構法における耐火建築物を実現しています。

夕方になると、外の景色がやや青みがかって来て、室内の暖かな色味がより増すようです。
防火地域ですが、延焼のおそれのない開口部には木製建具を使っています。

外部の犬走り部分には、小さなレンガタイルを貼っています。
旧店舗や十一屋の他店舗でもレンガタイルはよく使われています。

外壁は耐火構造の外壁仕様で、窯業系サイディングの上にジョリパット仕上げと
しています。南面の開口部の上部には既製のアルミ庇を設置して窓を保護しています。

夕方以降の水辺も落ち着いた雰囲気で良いです。
夜のイベント時には堰沿いをそぞろ歩く人が見られます。

お菓子屋さんなので、夜は遅くまでやっていませんが、通りに温かい光を灯し続ける
貴重な存在として末永くつづいてほしいと思います。

この場所で100年以上商売を続けていること自体、きわめて尊い話だと思います。

以前と変わらない十一屋のロゴ。十一屋の「十」はお菓子、サービスで満点を目指し
つつプラス「一」は店員のまごころを添えて、という思いが込められているそうです。

真心のリボンでお菓子を包む、その形が表現された素敵なロゴなので、大きく
外壁に設置しました。

敷地の西側は市立病院済生館前にある御殿堰中央親水広場の方へつながっていきます。
西の夕焼けが見えますが、御殿堰の先には山形城址までつながります。

事務所の設計事例の中でも、まちなかでふらっと入れる場所にあるので、ぜひ立ち寄って
お菓子と洋食を味わってもらいたいと思います。

 

 

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