2024.08.10
worksを更新しました(月日坊)
昨年竣工した3事例について、ウェブサイトのworksを更新しました。
「月日坊」は、山形市の瀧山の麓に建つ写真家・志鎌康平さんのスタジオです。
スタジオは、この集落に古くから残る月山神社(以前は月山堂と云った)の鳥居の前に
建ちます。月山神社の境内からは、残雪の月山がきれいに拝めます。
撮影時、たまたま近くの滝山小の子どもたちが境内に来ていて、その一人の子の
背中越しの月山がとても素敵でした。
この月山神社は何百年前からこの地にあって、集落から月山参りをする人が一定期間
籠もったり、二十三夜信仰(月待ち)など、「講」の人たちが集まる大事なコミュニティの
場となっていたようです。
「月日坊」の名付け親と字体は、志鎌さんと同じ滝山地区出身の絵本作家・荒井良二
さんによるものです。この土地から出た土を混ぜた左官仕上げの外壁の上に、真鍮の
切り文字で、エントランス前にさりげなくサインを設けています。
内部に入ると一転、抽象性の高いスタジオの空間が現れます。写真スタジオといえば
外光を嫌ったりしますが、志鎌さんからの設計時の要望は、「この土地の光を使って、
この土地ならではの写真を撮りたい」というものでした。
スタジオには東西南北それぞれに様々な開口部を持ち、射し込む日光の色や角度は
一年の中でも、一日の中でも刻々と変わり続けますが、志鎌さんはそれらを受け入れ、
これまで培ってきた撮影の技術や経験を使って、その不安定な光を写真に写し取る
作業に日々取り組んでいます。
月日坊は、東北芸術工科大学と同じ通り沿いに立地していて、建物正面を真南に向けて
います。車通りや人通りが多いこともあり、スタジオ内部が道路側から直接見えないように、
円弧状の回廊でスタジオ周りを囲っています。このことでスタジオ内部の抽象度を高める
のにも一役買っています。
敷地は、30年ほど前に芸工大前の大規模な区画整理事業が行なわれた際に、それまで
段々状の果樹畑だったものを擁壁を立てて造成されたものになります。
工事が行なわれる前は梅林として使われていましたが、今は隣の一本のみが残っています。
スタジオ北側の壁に掛けられた一枚の版画。志鎌さんと親しいイラストレーターの
平澤まりこさんのものです。月と馬の神聖さがこの場所にとても馴染んでいます。
右の窓には月山神社、左の窓には月山。
荒井良二さんが、月日坊のために描いてくださった、世界でたった一冊の絵本。
瀧山の麓で生まれ育った荒井さんだからこそ描ける、あめつちの物語です。
スタジオ内に鎮座する3つの蔵王石。
工事前の敷地に山積みされた石の中から、志鎌さんが厳選したものです。
蔵王の噴火の際に生まれた溶岩の塊の石です。
併設された小さなスタジオは、志鎌さんが「月の部屋」と呼んでいます。
この部屋には北側の開口部から安定した光が入ってきます。
モルタル塗りの壁に穿たれた窓の先には、月山神社脇の公園の緑が光ります。
スタジオ中央には、料理の撮影にも使えるカウンターキッチンが設けられています。
ヨーガン・レールなどの家具は、志鎌さんが買い集めたもの。
夕焼けに浮かぶ月山のシルエット。
スタジオ主屋と回廊の間には、人の集まれる小さな広場を抱えています。
夕方になると回廊に明かりが灯ります。
ロフト部分から見た鉄骨トラス。
撮影の背景に支障にならない高さまで持ち上げています。
見上げた際に重い印象にならないように、極力細い部材で構成しています。
太陽や月といった天体の動きに自覚的になる場所として、写真スタジオという枠を
超えて様々な取り組みを展開しています。
[ 東北|山形|一級建築士事務所|井上貴詞建築設計事務所 ]